かく語りき

今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

呼び捨てでいいじゃん。敬意があってこそだよ。

相変わらずのどうでもいい話。


信長さんという呼び方があって。

近頃、歴史上の偉人をさん付けで呼ぶ人が多くて、NHKの教養番組あたりだとけっこうな頻度で耳にする。他人様が他人様をどう呼ぼうと私の知ったこっちゃないのだが、それにしても、なんだかなあと思う。しっくりこない。

太閤さん、えべっさん、お稚児さん。
何でも『さん付け』する文化が西にあるけれど、いまどきの信長さんはそれともちがうような気がする。



親近感のあらわれなのだろうね。

でも、かえって敬意を損ねている。
テレビの場合は、私たちと同じ人間である偉人がどう決断したかにスポットライトを当てるから演出上の理由でそのように扱う。けれども、特別な意思を込めないのなら呼び捨てでいい。当の戦国大名や文豪だって、貴様にさん付けで呼ばれる筋合いはない!と草葉の陰で怒鳴っているかもしれない。

呼び捨ては失礼ではなく敬意である。


そんな私の独りよがりを踏まえて以下本題。

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将棋棋士の呼び方が仰々しい。

例として藤井さん(ごめんなさい)。
藤井猛九段。藤井猛先生。だいたいこうだ。でも、どうして我々一般人がそんな呼び方をしなければいけないのかしら。


私はyoutubeの将棋動画をよく見るのだが、動画の人はみんな、棋士を段位か先生付きで呼ぶ。よーくわかる。元奨ならプロを無下にできないし、プロの功績にぶら下がって銭を稼いでいる部分も少なからずあるし、声が本人に届く可能性もあるから、そうなる。将棋を指すほどに棋士の凄さを知り、呼び方が丁寧になるのかもしれない。一方、ルールすらあやしい人が、あるいは自宅に将棋盤すら無い人が、棋士を段位で呼ぶ必要なんてあるのだろうか。そりゃまあ呼びたい人もいるだろう。もちろんいて良いが、皆が皆、そう呼ぶ風潮に納得できない。


藤井猛。ああ、あの鰻屋の?
呼び捨ての何がいけない。敬意の証だ。

藤井さん。ああ、あの解説が愉快な?
同時代に活躍する人を身近に感じるのはとても自然なことだよ。

九段?先生?
どうしてそんなによそよそしく扱うの?


そっちの方向に振りすぎたせいで、橋本八段か橋本先生か橋本さんかハッシーと呼ばれる人が「マジやべえ」と発言する状況に至ったんだと思うけどね、私は。