かく語りき

今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

淡路島旅行。ちょっとそこまで。

今年の夏は、実家への帰省や欲張った旅行を諦めて、ちょっとそこまでで済ますことにした。


というわけで淡路島である。

淡路島は大阪から驚くほど近い。
大阪の裏庭と言ってもいいかもしれない。小旅行にぴったりの位置だ(と、大阪で暮らして知った)。感覚的には東京人が九十九里へ海水浴に行くのと同じようなものだろうか。日帰りでもいいけどせっかくだから一泊してく?といった感じのところにある。


高速道でジョギング用の時計を動かしてみた。
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だからなに?と言われても何もない。

カーナビの走行記録とまったく同じである。
けれども、地図を眺めるだけで楽しい私にはこれで充分おもしろい。他人にはお薦めしないけど。1キロおきにラップタイムを知らせる例の機能がうるさくて、しょっちゅうピピッと鳴っては車中で家族の不評を買う。ついでに、あり得ない新記録が出現する。おかげで私のフルマラソンの記録は33分になった。やったぜこんちくしょう。



さて、淡路島である。

淡路島は大阪から近い。
近いのは明石大橋が架ったからだ。航路しか無かった頃の大阪人は近いと感じなかったにちがいない。水運が主要な交通手段であった頃なら、また別かもしれない。ところでそういえば、私は淡路島について知らなくて、ほとんど何も知らないね。良い機会だ。この島の立ち位置について考えてみようか。

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四国寄りか。それとも畿内寄りか。

歴史の観点だと、ヤマト王権ヤマト王権になる前から畿内と繋がっていたのは確かだと思う。だから国産み神話において最初に創られた大地として登場した。

御門が流されたこともあった。
うーん。ってことは、繋がっていたといえ畿外の別世界と認識されていたわけだ。そりゃまあそうか。五畿じゃないし。離島だし。

あと、淡路島はいまでは兵庫県近畿地方に属しているが、江戸時代は徳島藩だった。よって四国だとも言える。廃藩置県のゴタゴタで兵庫になった。ただし、兵庫に奪われたのではなく、お上が決めたのでもない。淡路島が徳島から離れたがってそうなった。近畿と四国、どちらでもおかしくないと考えた明治の人がいた。

ところで、大阪で暮らす私は淡路島を神戸の向こう側と認識している。明石海峡大橋で繋がっているからそうなる。でも、よく考えたら、本能寺の変のときには織田軍は堺で四国入りの準備をしていたのだから、淡路島は堺の向こう側と考えることもできる。


段々とこんがらがってきたけれど、要するに淡路島はどこからも近いのだ。たぶん。

見たとおりに書くのであれば、淡路島の北の方からは神戸と大阪のビル群や関空を望むことができる。南の方からだと和歌山の山々が大きく見える。けれども、大阪市内から淡路島は見ない。見えるかどうかでは無く、意識して見ようとしない。



そういうことを考えながら旅館の仲居さんに
「大きなお買い物とかはどちらへ?」
と尋ねると、
「年配の方は徳島で、お若い方は神戸ですね」
と教えてくれた。

なるほど。
洲本の旅館で訊けばそう答えるわな。という回答を得た。淡路島だって均一ではないだろうから様々ですよね、そりゃ。