かく語りき

今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

大根と白菜を担いで帰ってきた少年

長男が大根と白菜を担いで帰ってきた。


クラブ活動の先生からのお裾分けらしい。その姿を見た私は、そりゃあ驚いた。まあ、想像してみてくれ。

あなたの息子か弟か旦那か父(娘か妹か妻か母でもいいです)が、ある日突然に大根と白菜を八百屋の包装無しに担いで帰ってくる景色を。もうね、はっきり言って理解できないです。あれ? いまは戦中か戦後の食糧難だっけか、と勘違いしちゃう。


大根白菜を担ぐ小学生は、現実味において、ネギを背負う鴨や泳ぐたい焼きとどっこいどっこいである。



そんなわけで、きょうは食べものの今昔。


◆大根と白菜

意外と新しかったりする。

大根は大昔からあったけど、いまと姿かたちがだいぶ異なる。読みは「おおね」。白菜なんて、私たちがチョンマゲを落とした後になって普及した。チャイニーズキャベツだし。



◆サラダとしての野菜

日本人は古来、生野菜を食べなかった。

寄生虫を怖がったかららしい。
私はちがうと思う。ほんとうの理由はまずいからだよ。だって、うまけりゃ病気になろうと絶命しようと食べちゃうんだから。そういえば、生米を食うなと言うけれど、生野菜を食うなの格言は聞かないね。

婆さんが説教せずとも誰も食べなかったってこと。



◆サラダ、おいしいのに

そういう問題じゃない。

ところで、たまに畑に忍び込む大根泥棒がいる。

映画や漫画で見たことありませんか?
引っこ抜いてその場でムシャムシャと勢いよくかぶりつくやつです。袖で土を拭う仕草がカッコいいですよね。だけれども、実際どうだったか知らないが(似たようなことはしたのかなあ。自伝でも読んだことあるし)、「ほなおまえ、いっぺんやってみいや」である。


私は以前やってみた。
経験は理屈に勝るから。仕方がなく、ね。

その私が思うに、現代人は土の付いた未加工野菜なんて食べられない。品種改良されたおいしい野菜でもギリギリ無理。見栄えの良いトマトやピーマンを丸齧りしながら「野菜って甘いんですね」とコメントするのとは別物である。

だからこそ、飢餓の象徴になるとも言える。



◆じゃあ、どうやって食べんのさ

湯に突っ込みますよね、ふつう。

よくわからない菜っ葉の汁。裕福ならお浸しか。
これで白い米か、白くない米か、米になにかが混じったものか、米ですらないなにかを掻っ込む。私には無理だけど。でも、長い間これが日本人の幸せだった。お百姓さんも兵隊さんも、これを夢見てがんばった。為政者だって、これをみんなに毎日させたかった。

和食とはなにか。これが和食である。



◆ふうん、そうなんだ

んなわけがない。時代と階層による。

魏志倭人伝には、倭人は夏も冬も生野菜を食べると書いてある。

どう解釈したらいいのかね。わからない。
魏の人は「うわ、こいつら生で食ってやがる。野蛮人こわっ」と思った。思ったから記録した。実は、彼が見たのは漬物だったのかもしれない。いやいやちがうか。遠いご先祖さまは実際に生野菜を食べていた。

なんで?

燃料が高価だからかなあ。
土器と火種と柴が豊富でなければ煮炊できない。



◆話は極端に飛んで時代劇に

時代劇をアラ探し的に見ようとしたとき、多くの方は電線が映っていないか、言葉遣いはどうか、外来語を使っていないかばかり注目しがちだけど、ご飯のほうが間違いを探しやすい。

私たちが和の食材だと思っている物の多くは、戦国武将は見たこともなかった。当時の調理法でその料理は成り立つの? 道具が無きゃそういう仕上がりにはならんだろ…なんて観点で眺めるとおもしろいです。


間違いの常連と言えば、江戸の居酒屋。

江戸の情緒と猥雑さを感じられてとてもよいのだけれど、根本的におかしい。だって、なんで机の上に料理を並べて酒飲んでるのさ。そんな習慣があるんなら、誰もお膳でなんか食事しないよ。

ってな感じでね。



さて、うだうだ書いてないで鍋つくろっと。


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