かく語りき

今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

それでも家を買いました(11)〜家、売ります〜

新居への引越しが済んで、新しい生活にも慣れてきた一方で、旧居のことはほったらかしだった。


いままで住んでいたマンションの後始末である。

shabaduvitouch.hatenablog.com

いつでもいいやと思っていたのだけれど、いつでもいいことは当然なくて、日銭が跳ぶのはともかくとして、よく考えたら引越の繁忙期は年度末だからもうすぐなわけで、売り時を逃してしまうではないか…と焦りだした。



◆そんなこんなで、動きはじめる。

とは言っても私は私だから、事前にネットで調べるなんて絶対にしないわけで、駅前の不動産屋をアポ無しで訪問して「家を売るっつーのはどういうことなんですか?」と質問攻めした結果、「ふむふむ。そういうことなんですね」とわかったふうになった。

要するに、どこかの誰かが派手にやらかしたせいで国交省がしゃしゃり出て、庶民の為の大義名分のもとに『レインズ』という制度が出来たんだな、と理解した。



◆そんなこんなで、動く。

とは言っても私は私だから、確固たる考えは全然ないわけで、「とりあえずだ。うちのマンションを見て、御見積をください!」とお願いして、いつにしましょう? と訊かれたから「いつでもオッケーです。なんなら今からでも!」と答えて、先を急いだ。

仕組みを知ってみれば、不動産屋の誘導には限界があることがわかるし、その範囲で気持ちよく騙されるならそれでいいし、担当氏がどこまで無茶できるかを想像したら、急いで損は無いと判断したのだ。



◆そんなこんなで、(不動産屋が)動く。

とは言っても私は私だから、つまらないことを考えだすわけで、マンションにやってきて部屋を見物する不動産屋を他人行儀に眺めながら、(どうせリフォームするだろうから、表面はあまり見てないんだろうな)と思ったり、修繕履歴などの問答の際に、ルールだからお聞きしますが、このマンションに暴力団の事務所はありますか? と言われて、(あるわけねーだろ。こんな住宅街のど真ん中に組事務所を構える連中のシノギはなんやねん。彼らだって棲息できる池の中でしか棲息できんのや)と思ったりしていたら、結局、すっからかんの旧居を一時間ほどジロジロと見物された。

査定額をどうこうしたいのなら、おそらく、生活臭の溢れるうちに見物させたほうがよい。木の葉を隠せるなら森の中。家具は振動騒音を吸収する。まあ、あとの祭りですけどね。



◆そんなこんなで、我が家に値がついた。

数日後、大学入試の結果発表の掲示を見にいく心境で、再び不動産屋を訪れた。


そりゃあ、常識を外した値はつかんだろうが、常識を知らんし、結果次第では首を吊る羽目に陥いるわけで、それは大袈裟としても、下手したら我が家の食卓から肉が消え失せて、成長期の子どもたちに漬物と菜っ葉の味噌汁だけで米を食わせるしかできない日々がはじまる可能性があるのだから、おおごとである。


見積書には、みっつの数字が載っていた。

「一般売出価格」が、不動産チラシに書かれる金額で、「査定価格」が、なんだかんだで買い主に値引き要求された後に軟着陸するであろう金額で、あとは「買取価格」で、仲介ではなく業者買取の場合の金額。だそうな。



不動産屋は、買取を希望したように見えた。

頭の回転は人一倍遅いが、人の三倍は目ざとくて、自分が相手の立場ならどう考えるかが判断基準の私は、もちろん勘繰る。

買取を望んだのは、仲介手数料より利幅が大きいからだろう。一方で、この物件は面倒くさくないと判断したからでもある。商売のポイントは利益の大小ではない。手離れの良さである。業種によらず、要らん在庫を抱えたら企業は呼吸できない。商売なんて一度もしたことのない私が察するに、うちのマンションは無茶を言わなきゃ短期間で捌けるのだ。

たぶんね。



「妻と相談して、改めます」
と答えて退散した。

我が家の重大事は、私ではなく、妻が決める。



次回は、生々しいお金の話。
十年間使い倒した家に価値はあるのか。

君は、刻の涙を見る。

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