かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

柚木裕子『狐狼の血』をいっぺん読んでみて!

警察小説は割と好き。極道小説はもっと好き。


いやあ、ほんとうに良い小説をつかまえた。僥倖ですよ。僥倖。巡りあいに感謝です。

アンテナは低い(けど、避雷針だけはたいそう立派な)私にしては上出来に過ぎる。作家買い決定なんじゃないでしょうか。しばらくの間はこの作家を信じていればハッピーまちがい無しな気がする。適度なハードボイルド具合がたまらなく良い。


と、言ってもだ。

実は、本屋でこの本を手に取った私はうんうん唸っていたのである。

文字どおりにうんうんうんうんと。けっこう悩んだ。うんうんうんうんと。そりゃまあ、あらすじだけ眺めればすばらしいとしか言いようがない。どストライクの大好物だ。警察小説でヤクザで広島で昭和。申し分ない。最強の組み合わせである。


けれども。
けれどもけれどもけれども。


シリーズ小説と書いてあったんですよね。

うへえ、そういうやつか。
テンションだだ下がり。シリーズ化が駄目とは言わないが、経験上、シリーズ化前提で書かれた小説は総じて駄作なわけで。いや、マジな話。この小説はだいじょうぶかしら?と勘繰ってしまう。もしもキャラ萌え小説だったり、謎は次作に持ち越し系だったりしたら、ぶん投げんぞコラ!と思ってしまったのは経験上の理由によるものだから、どうしようもない。ゆえに本屋でうんうん唸っていたのである。


杞憂だったのだが。

警察小説らしい抑揚を控えた表現が、ミステリーにありがちな仰々しさと極道小説にありがちなくっさい仁義をうまく打ち消していて、ハードボイルドが終盤まで続いている。

こりゃもう作家買い決定やね。



と、まあ、べた褒めはここら辺にして、以下に本筋とは関係ない所感を少々。


舞台は昭和63年の広島呉。
しかしながら、作中の呉弁は私が知っているそれとはだいぶちがっている。

私は、昭和63年に青年だった主人公と同年代の呉の爺ちゃんたちを幾人か存じているが、彼らの言葉はまったくちがっている。職場には私と同世代の広大出身者がいるけれど、彼の言葉もやはり小説と異なる。私が知っている呉の人は、なんていうのかなあ、もっと、じゃけえじゃけえ喋るのだ。実態はそうじゃないのかもしれない。でも、私の違和感は相当だ。

(ちなみに、彼の地では女の子もじゃけえじゃけえ言う。いっぺん、生で聞いてほしい。女性の「そうじゃけんね!」のかわいらしさと言ったら洒落になんないくらい破壊力があるから)


呉弁の実際は知らないけれど、文中の呉弁と接した私は、呉というより備後か美作のほうの言葉っぽいと思った。

率直にいえば、津山三十人殺しを思い浮かべた。