かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

あじさい色々

梅雨といえば、あじさい、かたつむり、てるてる坊主。梅雨入り前は田植えで、明けたら梅干し作り。



近所のあじさいがとてもきれい。

どんよりした季節にひときわ鮮やかに咲いている。曇色の空と淡色のあじさい。色を加えた水墨画のよう。よいものを見た。


ついでだからウィキ先生で検索。


万葉集には「安治佐為」とあるらしい。

へえ。8世紀の奈良の豪族も、21世紀の大阪の会社員と同じように梅雨にはあじさいを愛でたのか。では、豪族と会社員以外の人はどう呼んでいたのだろう。肥後の国人や越後の漁師や常陸の百姓はどうだったのか。どう考えても、あじさいが古今東西同じ呼び名であったとは思えない。だって、たかだか道端の草だもの。

ただ、物の名前のバリエーションはどうでもよくて、興味があるのはそれがひとつに統一される過程のほう。いつ、なにがきっかけで、あじさいはあじさいになったのか。私はこういうのがとても気になる。



というわけで。

◆予想1
大名の転封や参勤交代のせい。お武家さんが全国を移動しまくって広めたから。

◆予想2
徴兵のせい。全国の兵隊さんが同じ釜の飯を食って同じ言葉を覚え、帰郷後もそう呼んだから。

◆予想3
ラジオの普及のせい。ラジオテレビは憧れの都会の言葉だから。

◆予想4
学校教育のせい。「正しい言葉を使いましょう」が花の呼び名の多様性すら許さないから。


答えは知らない。私には調べようがないし。けれどもまあ、こういうのを考えていると退屈しなくてよい。



うちの息子は「じゃんけん」を「いんじゃん」と呼ぶ。知識として知っているが、生きた言葉だったのかとやや驚く。だから、子どもとじゃんけんをするとき、少し考える。子どもに合わせて「いん・じゃん・ほいっ!」と言うと、逆に息子が気を使って「じゃん・けん・ぽん!」と言ったりする。掛け声がてんでばらばら。もはや異文化コミュニケーションの様相だ。親子だってのに。

ところで、あじさいの名は統一されたのにじゃんけんはされていないのはいったいなぜだろうか。