かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

子どもを本好きにするために必要なこと

「宇宙の本」を読む。次男坊と一緒に。


宇宙の広さを知り、視野を大きくしてほしい。


なんて思うわけがない。

そもそも、入手の経緯すらわからない。
私はこの類の本を選ばない。妻の趣味でもなさそうだ。おばあちゃんが買ってくれたのだろうか。



◆何を読ませるか

良い本と悪い本。高尚な本と低俗な本。
分別のある大人が何を読もうと勝手だ。


では、子どもに与えるのは良い本であるべきか

私は必ずしもそのように思わない。読みたくない本は誰だって読まない。だから、良い本サイドに仕分けられそうな「宇宙の本」は与えなくてよいとも言える。


子どもに与えるのは、彼が読みたい本でよい

大切なのは本に慣れることだ。慣れやすいのは読みたい本である。よって我が家には「はたらくくるま」と「すごいぞしんかんせん」が山のようにある。



良い本ばかり読ませる親がいる。
それでよい。けれども、そのやり方だとたぶん、親と子の両方に苦痛を感じる瞬間があると思うんだな。苦痛も貴重な経験かもしれないが。


◆いつ読ませるか

いつ読ませるか。いつ読めるか。いつ読むか。


読めるときに読むのだ

次男坊は、乗り物 → 宇宙船 → 宇宙 の順路で、この本にたどり着いた。宇宙の先の何に興味を示すかはわからない。誘導しようかなと思うときもある。「宇宙の本」を用意してくれた誰かに礼を言いたい。宇宙船が気になった次男坊は、手元に宇宙の本があったからそれを読んだ。

読みたい → 買ってくれい → 今度の日曜ね。
では読まない。彼はいま読みたいのだ。


暇なときに読むのだ

退屈が極まったとき、人は身近にあって今まで関心のなかったものに意識を向ける。そして、お兄ちゃんの本棚でも漁ってみるかと思い、新たな本を手に取る。

様々な分野の本を読みなさいと教えられたからといって、誰が興味のない本を千円札と交換するものか。

また、他にしたいことがあるとき、本など読まない。



本を読みなさいと強く言う親がいる。
それでよい。けれども、一体いつ読めと言うのか。毎日夕方六時から十分間? 本はお経か。お経でもある。体に覚えさせたいのなら、読経の如くも方法かもしれない。


◆本はどこにあるのか

実は、これがもっとも重要である。


本は本棚にある

わかってない人がけっこう多い。
小さなカラーボックスから溢れていたり段ボールに収められた本を、誰が読みたいと思うのか。

そういう状態を「我が家は子どもが気軽に本を読める環境です」とは言わない。


大切なのは、本が身近にあることだ

現在では、本は向こうから勝手に近づいてくる性質のものではない。人為で引き寄せるものだ。年少にはそれができない。ゆえに親が関与する。人為を発揮できる年齢になってから関与しても難しい。過干渉になる。

また、本は自ら去らない。居場所さえ用意してあげたら、ずっとそこに居てくれる。


本を身近にさせる。言うは易し。
先に居場所を用意する。行うに易し。
手に取りそうな本を並べる。親なら出来る。
手に取ってほしい本を潜ませる。親の仕事だ。


本は本棚にあってこそ人に受け入れられる。本棚が家族に知識を共有させる。そして、人は本を記憶に変える。

これが人と本の付き合い方というものだ。



◆結語

母ちゃん!
そんなんどうでもいいから
でかくてりっぱな本棚を買う金をくれ!


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