かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

さようなら

親類が亡くなった。目を掛けてくれた人であるから、悲しい。葬儀のため新幹線に飛び乗る。

連絡を受けたとき、電話口で長男が「おばあちゃん、死んだんだって!」と普段と変わらぬ大きな声で言った。学校を休みたくないとも言った。まあ小学生らしい。でも、君は産まれたときからずっと(正しくは、産まれる前からだ)面倒みてもらったんだから、すこしだけ我慢しなさい。


夜中に息を引き取り、今朝になって家の者が気づいたという。
独りきりでこの世を去るとき、なにを思ったんだろう。最期だと知っていたのだろうか。それとも、明日も明後日もいつもどおりあると思っていたのか。

記憶をたどれば、おれの祖母は孫ふたりに見守られて他界した。
看取った従兄弟によれば、直前に孫の手を握り「もう御終いだ。あとを頼む」というような言葉を残して息を引き取ったらしい。祖母は命が尽きることを悟ったのだろうか。


歳を重ねると、死が少しづつ近づいてくる。
やがて父と母に番がまわってくる。その次はおれだ。そして弟、妻と続くのだろう。年齢順がそうなのだから、順番どおりであって欲しい。


おれの場合はどうだ?死ぬ間際になにを思う?この世に未練は無いなんて脳天気なことは言わない。言うわけがない。誰かに謝りながら、あるいは呪詛を撒き散らしながら今生に別れを告げるのか。いやいや、そこまで後悔だらけの日々では無かったはずだ。案外、苦しくて人生を総括する余裕なんてないのかもしれない。むずかしすぎてわからないよ、そんなこと。


走馬灯のように云々という慣用句があるけれど、『走馬灯』が何であるか知らない。検索した。へえ、これが走馬灯か。灯りに照らされながら同じところをぐるぐると廻り続ける馬。昔の人は発想が豊かで、情緒のある表現をするもんだ。すこし気が紛れた。



とても、悲しい。

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