かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

防災頭巾を知らない子どもたち

もうそろそろ夏休みか。

と、天気予報を眺めながら思った。
まあ、夏休み禁止令が発布された本年において、子どもたちにそれはやってこないのだけれど。


夏休みといえば、私は防災頭巾を思い浮かべる。

長い休みは、防災頭巾を家に持ち帰ることにより始まり、残暑下の防災訓練で終わりを告げる。ただでさえ普段以上の教具を持って帰らねばならない日だってのに防災頭巾が荷に加わり、ただでさえ暑くてたまらない日だってのに頭巾を被らねばならず、思わず呪詛が漏れる。しかしながら、夏休みはそういうものである。たぶん、防災もそういうものだ。


「うちの子は頭巾をちゃんと持ち帰ってるの?」
妻に訊いてみた。
「なにゆうてんの」
妻が応じた。
カントーだけちゃうか。防災頭巾て」
妻は続けた。
「大阪にはあらへん。そんなの」
妻が言った。

え?そうなの?

心底驚いた。
言われてみれば、授業参観で訪れた息子の教室には防災頭巾なんて無かったような。へえ。そうなのかあ。防災訓練が九月一日なのは関東大震災に由来するから、他地域では別の日らしいと耳にしたことがあるが、まさか防災頭巾までがローカル習慣だとは思わなんだ。


「そこのキミ。頭巾を知っとるかね」
長男をつかまえて尋ねた。
「なにそれ?知らないよ」
案の定だ。

知らんよねそりゃ。
防災頭巾を知らないんだから。いまどきの言葉じゃないし。私が小学生の頃は、家庭科の調理実習で身につける三角のアレも頭巾と呼んでいた覚えがあるが、それはただの記憶ちがいかもしれない。近頃ではテレビで時代劇を放送することがないから、悪代官様が被っている頭巾もやはり知らないだろう。ん。待てよ。赤ずきんちゃんは知ってるか。


以上、このようにして私はここ十年で最大級のカルチャーショックを受けたのである。

マンション鑑定ラン

ようやく体調が上向きに。

ではジョギングを再開しよう。
と言っても、走る当てが特段あるわけじゃなし。きのうの新聞折り込みチラシに載っていた新築マンションでも冷やかしに行こうかしら。


65平米の3800万が最多帯。

チラシにそう書いてある。
へえ。65平米か。私の感覚だと、ひとり暮らしには広すぎて、ふたりならちょうどよくて、子育て目的だとやや手狭といったところ。購買層が限定されそうな気がしないでもない。


どの層に向けたマンションだろうか。

答えは広告の中にあって、『契約者のお客様の声』に書いてある。曰く、『近くに大学があるので先生の賃貸需要も多いから購入しても安心です(K様/40代シングル)』であり、また或る人曰く、『マンションを資産として持つという前提で今後も値崩れしない街(O様/ご夫婦)』である。ふうん。左様でございますか。そういう街だったんですか、私が住んでいるところは。知らんかった。

私には、飽きたら売っちゃえばいいじゃん、と言っているようにも聞こえる。悪くない。家なんてそれでいい気がする。



走って現地を訪れた。

まあそんな感じですね、といった印象。
広告に偽り無し。幼児を育てるには騒々しく、老人夫婦が選ぶには駅チカと言いがたい。そういう立地と面積だ。エントランスを遠目に眺めると、余計な背伸びをしていないのがわかる。生涯、根を下ろすつもりがなければ、あるいは子どもへの配慮がいらなければ、共用部分を不必要にゴージャスにしなくてもいいんだな。かしこい。不動産屋さんはすごいね。ちゃんと、条件に適した設計と売り方をするんだから。

よくわからんが感心した。


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久しぶりに呆けて走った。

家や工事現場や車を眺めながら走るのが好きだ。あれこれくだらないことを考えつつ、てきとうに脚を動かすのだ。雨上がりで湿気がひどすぎてまいったけど、やっぱり走るのは楽しい。

そろそろ車検が

もうすぐ車検の時期だ。


11年目のね。
妻の妊娠の知らせを聞いて購入した車だから11年目なのである。うちの兄ちゃんは十歳と半歳ぐらい。

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妻は買い換えを望み、私は継続を望んだ。

気に入ったからこの車を選んだ。いまだって愛着がある。そりゃまあ些細な不満はいくらでも、ね。だからといって、年式が古いって理由だけで手放してたまるかってんだ。そもそも、11年で3万キロ弱しか運転しなかった我々には、この老車で充分だ。

とは思えども妻の要望は無下にできないわけで。
普段、不満を口に出さない人だから尚更だ。できる限り尊重しなければならない。


そういういうわけだ。不本意だが。
以下、買い換えるのであれば、というお話。


スカイラインクロスオーバー

販売終了モデルなので中古で。

中古車の是非を妻に問うと、間髪入れずにアカンと言われた。即断。他人の手垢がついたものが嫌なのかな。バスやタクシーだって他人の車だけど気にせず利用してるんだから大差ないと思うのだが、生理的な嫌悪に対して理屈をこねても無駄なので諦めた。大根の値段に一喜一憂するより車の費用を削ったほうが家計に効果大だろうに。言えるわけないけど。

ま、3.7Lエンジンが私に必要かというと、まったくもって要らないので、強く押しません。



◆エクストレイル

近頃評判がた落ち中の鮎川財閥さん。

私は割と好き。お尻が色っぽいのとアメリカンマッスルな雰囲気があって、いいなあと思う。現行車に限れば、日産車は国産メーカーの中でもっとも外観が好みに近い。

つーか、メルセデスGLAの日産版の件はどうなったのよ。めっちゃ期待してたのに。



カローラスポーツ

外見はグッド。価格もグッド。グッドです。
カローラにしてはちとお高い気もするが。

申し分無し。なによりトヨタの心意気を買いたい。ただ、この車なら今のマイカーからわざわざ買い換えなくてもいいんじゃねえか感が強く、悩ましい。

すっごくいいんだけどね。



ボルボV40

かっこいいわあ。

知人に乗せてもらったことがある。ドアに重厚さを感じられてたいへんよろしかった。あえて言えば狭いのが難。チャイルドシートをつけて乗る車ではないのかもしれない。ではV60を選べばいいわけだが、五百万はきつい。かっこいいだけで捻出できる金額じゃない。



ルノールーテシア

プジョーシトロエンでもいいんだけど、現行モデルはちょっと好みからはずれるんだよね。惜しいなあ。うーん。いや、待てよ。そういえばルノーって選択肢もあるか。で急浮上した。ゴーン前の絡みで逆風のようだけど、私はそんなんどうだっていい。

街で見かけた実車をまじまじと眺めたところ、なかなかにかわいいし、内装もよさげ。お値段もそこそこ。

現在の最有力候補はこれかな。



ずんぐりむっくり。おだやかな顔。サイドラインがくっきりしてない。武骨より色気。カクいのはごめんなさい。デカいのも勘弁。非ハイブリッド。できればNA。

どっかに転がってないかなあ、そういう車。

石川九楊『漢字とアジア』読了

漢字とアジア (ちくま文庫)

漢字とアジア (ちくま文庫)

九楊さんか。珍しいお名前だね。本名ではあるまいよ。坊さんの戒名でもなさそうだ。じゃあ、どっかの家元さんかな。ん、ちがうのか。ああ、書道家ね。なーる。

で。お買い上げ。


◆これを音で聴くの?

大学の講義録を整理したものらしい。
素朴な疑問だが、この内容で講義が成立するのだろうか。漢字は目で眺めるものであって耳で聴くには向いてないように思うのだけど。

レイショ・チョスイリョウ・ガントウショウキョウジョ・トウエンメイ。受講生のみなさんは即座に理解できるのかしら。私は無理だね。基礎がないもん。漢字変換に忙しくて講義が頭に入ってきそうにない。

隷書・褚遂良・雁塔聖教序・陶淵明
漢字なら一目瞭然。


それはさておき。



書道家が語る歴史

書体ってのは歴史的な理由があって移り変わったんですよ、ということが述べられている。この部分はとてもおもしろい。出会えてよかった。

然れども。
漢字とアジアのお題の割には漢字成分が薄めで、書道家の著作にしては書道史の配分が少なめだ。筆者の政治観もチラチラ。なんかモヤモヤするなあ。ってのが正直な感想。中国周辺史の本として読めば、よく出来た本だと思う(何様だおまえは)。

ついでながら。
書店で本書をパラパラめくったときに朝鮮に関する章が立てられているのを知って購入に至ったわけだが、この動機から言うと見込み違いだった。残念ながら。



◆ハングル

これはハングルには「筆記体がない」ということでもあります。
日本には平仮名と片仮名がありますが、平仮名には筆記体があり、片仮名には筆記体がありません。


あ、やっぱないんだ。

ずっと気になってたんだよね。
ハングルに筆記体が存在しない点は見逃せないと思うのだがどうだろう。崩し字が無いってことは、いささか乱暴だけれども、崩さずに済む用途でしか使われなかったと言えるし、崩す必要のない階層でしか普及しなかったとも言える。要するにこなれていないのだと思う。(優劣の話ではないですよ。そういう話では断じてないです)


あと、片仮名には筆記体が無いんだそうな。

たしかにそうだ。でもどうしてかな。気になるね。じゃあ考えよう。想像しよう。妄想は自由。とても楽しい。ただし答え合わせは有償だ。買って、読んで、確かめて、知ったら、もっと楽しい。


そういうわけで、せっかく漢字とアジアの看板を掲げて朝鮮やベトナム琉球にかなりの紙面を割いているのだから、彼の国における漢字の受容、独自文字の成り立ちについて書いてあればよかったのにと思った次第である。

次男坊が与えてくれた教訓

先週の出来事。


長男と将棋を指していると、隣接する畳の間でレゴを組み立てていた四歳児の歌声が聞こえてきた。

「大人の階段、のーぼう」

古くさい歌を知ってるんだな。どこで覚えたんだろう。保育園のお歌にしては渋すぎる。そして、彼は先を続けた。

「よんじゅうだい、ごじゅうだいのみなさん!」
うへえ。なんだそりゃ。保険かなんかの宣伝じゃないか。


幼児の頭の中はホントわかんねえな。
と、そのときは思ったのだが、いまになって考えてみれば彼なりに理由があったように思う。

きっと、よんじゅうだいごじゅうだい云々は、次男坊にとって歌の一部なのだ。Jポップの間奏で唐突にラップが挿入されるように、あるいは演歌に司会者の前口上が必須であるように、歌と不可分なものになっている。仮にその部分がお気に召さなくとも、「サビ以外は退屈極まりないけど、跳ばすわけにはいかんよなあ」と私が思うときと同じ感覚で、よんじゅうだいごじゅうだいを読み上げているのだ。おそらく。




続いて今週の出来事。


「さやか先生、れくさしゅに乗ってう」

うへえ。これまたなんだそりゃ。さやか先生が何者かは存ぜぬが、たぶん、お姉さん先生だろう。昨年の担任だったふみ先生がかわいらしい女の子先生だったから、きっと同じだ(願望)。そして、うちの子は自動車メーカーのエンブレムを見分けられるくらいの車好きなので、この話には割と信憑性がある。


レクサスに乗る独身の保育士のお姉さん。

イメージが沸かない。いくらなんでも現行LSではあるまい。CTなら金を貯めれば手が届くだろうか。いじり倒した中古のGSであれば激しく値落ちしてそうではある。または、単に親の車って可能性もある。ひょっとしたら、さやか先生は凄腕デイトレーダーの兼業保育士でレクサスをキャッシュで買えちゃうのかもしれないが、そんな都合の良い話は認めたくない。まあ、そんなことはどうでもいいとして、次男坊を介したさやか先生の姿は、どうにも想像できない。




以上の話から察するに、どんなに配慮の行き届いた振る舞いであろうと解釈は受け手に委ねられるわけで、次男坊が描く父親像も、私が演じている父親ぶりとは当然ちがっているはずだ。どう思われているか、どこでなにを吹聴しているか、わかったもんじゃない。

「お父しゃんはいつもビール飲んでて、泥酔してんねん」と言いふらしているかもしれないし、それを聞いたさやか先生が、とんでもねえクソ親父やな…と思っているおそれもある。


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生駒遊園地でゴーカートに乗る息子を眺めながら、そんなことを考えた。あと、この話にはオチが無いと思った。ついでに言うと、今回の文章はいつも以上に汚く、読みづらい。ごめんなさい。

検察当局について

起きがけに見たテレビのニュースについて。


「議員夫妻の選挙問題について、検察当局が動きだした」という主旨のニュースを見た。寝ぼけていたから多少ちがうかもしれないが、おおよそそのような報道だったはずだ。む。むむむ。テレビの前で唸った。なにかがおかしいような。いや、絶対におかしい。寝ぼけている場合じゃない。見過ごすわけにはいかない。

なにが?
そりゃあアレだ。議員じゃなくて、夫婦で議員の部分でもなく、選挙ではもちろんなくて、検察当局が、のテロップである。


『当局』の使い方、おかしくない?


当局とはなにか。
知らん。が、私は、「具体的な部局名は重要じゃないから伏せますが…」か、「厳密にはちがうんだけど、馴染みのある言葉に置き換えると、あの機関みたいなとこですよ」というときに使う表現と認識している。


『検察当局』
さて、この場合、当局の付け足しが必要だろうか。


だってだってだって。
我が国の検察機関は検察庁しかないじゃないか。該当する組織がひとつしかないのに、何故ぼやかすのか。検察庁の他に、当局の候補はあったっけ?

【反論】検察庁だって内部局が色々あるんだよ。
であれば、それをちゃんと書くべきだ。現に、アナウンサーは東京地検と明言してたんだから。知名度だって申し分ない。十分に通じる。仮に通じなくとも何ら問題ない。

【反論】固有名詞を出すと角が立つしさ。
だったら一般名詞でいいでしょ。単に検察と書いてなにか問題があるの?



ところで。
ここまで書いておいてなんだが、実は、言葉の使い方はどうでもいい。ブログを埋めるために書いただけである。私の解釈は誤りだらけだろうし、そもそも当局の定義なんて知らんし。

問題は、だ。

テレビ画面の貴重なスペースにわざわざ挿入したにもかかわらず、当局の二文字が、何の意味も、何の意思も持っていない点にある。単に見づらくしただけ。検察、検察庁東京地検。検察当局。画数がもっとも多いのはどれだって話だ。



言葉の使い方じゃないんだよ。
けれどもだな。公共性のある空間に、公共性を理由とした権利で以って記された全ての文字は、(たとえ言葉足らずであろうと、悲しい誤解を招こうとも)極力、シンプルであるべきだ。可能なかぎり簡素に、できるだけ見やすくあらねばならない。

と、私は思う。

飲食日記 6/16

口にしたものを偽りなく記録する日記。


◆朝
コーヒーとおにぎり。

とびきり熱いコーヒーだったので牛乳を加えた。寝坊した。のんびりと熱いのを啜る時間がない。


◆昼
おにぎりふたつ。

私はおにぎりと呼ぶが、ふつう、これをおにぎりとは呼ばない。昨晩の炊飯器の残りをラップに包んだもの。本来ならそのまま冷凍庫につっこむ代物。平べったいラップ冷飯。それにごま塩を振る。ひとつは朝飯になり、他のふたつが昼飯になる。おかずは無い。


◆間
家麦茶。コーヒー。

毎日、麦茶を持って出勤する。二日酔いの日などはすぐに空になるが、ほとんど飲まずに持ち帰る日もある。飲みきれないと申し訳ない気持ちになる。すまん。コーヒーは3杯。職場に置いてあるユニマット的なやつを。あと、ガムを噛んだ。


◆夜
鱈のハーブ焼きらしきもの。レタスとミニトマトに、海藻とシラスを加えたサラダ。何をかけるか迷ったが、こいつは胡麻ダレじゃないよなあ…という感じがしたのでポン酢を選択。ご飯一杯。夜十時半だから当然冷めている。でも、それでいいのだ。冷えた飯には冷えた飯なりの良さがあるんだよ。

妻と子どもたちはすでに夢の中。


◆深夜
麦焼酎をグラス2杯。

深夜ではないけれど。晩飯と区別するためにそう書く。焼酎。25度。水で割らない。氷を加えない。ツマミも無い。ストレートでグビッといく。喉が焼ける。ややあって食道が、続いて胃がひりつく。アルコールが五臓と何腑かに染み渡る。まるでアル中じゃねえか。うん。せやね。私もそう思う。けれども、十年以上そうやって酒を飲んできたのだから今さらどうしようもない。いつか、妻にとんでもない迷惑を掛けそうで怖い。


もうすぐ十一時半。
寝よう。歯を磨こうか。明日も早いんだ。