かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

梅田でお買い物

妻と次男坊とで梅田へ。



茶屋町でも兎我野でも大融寺でも堂山でも東通でも北新地でも堂島でもない梅田、グランフロント大阪。初めての訪問。

寄らないなあ、この辺りは。縁がない。
つーか、妻と梅田を訪れるのはなん年振りだっけ? 「子どもが出来てからはじめてちゃうか」と妻が言う。そうだね。そうかもしれない。


食卓を買い替えに。

なんで食卓で梅田なのか
ー国道沿いの家具屋でいいのに
どうして買い替えるのか
ーいまのがまだ使えるのに

けれどもまあ、我が家には夫婦の持ち分というものがあって、その点において食卓は妻の守備範囲とみなされている類の物だから、あまり文句は言わない(言いたいけど)。また、家具は理屈でなくセンスで選ぶものである。「十年以上使うんだからいいじゃないの」と、価格すら脇に置かれてしまうのだから、やはり好みの問題だ。よって妻のチョイスに口は出さない(出したいけど)。

ま、ご自由に決めてくれ。


テーブルは天板の厚みに応じて値が変わるようだ。あと、テーブル以上に椅子の値幅が大きい。(あ、これいいな)と思った椅子はどれも五万円を超えている。四脚だとおいくらか。考えたくもない。

食卓が主で椅子は従という認識のせいで、卓はともかく、椅子がお高いってのはどうもしっくりこないね。


昼食も梅田で。

テラス席でランチ。

まちがいなく、ここ数年で最もおしゃれな昼食である。スペインバルっぽい店にて。梅田だから結婚式の二次会に貸切で使われてそうな、あるいは女子会が催されてそうな雰囲気が漂っている。

陽気な露天で杯を傾ける三百円ビールのうまさよ



むかし何かの小説で知った憧れのピンチョス。

食べてみれば、昨夜の残り物をフランスパンに乗せてみましたといったふうである。彼の地でも似たような位置付けなのだろうが。そして、ぶどう!ぶどう!と言いながら勢いよくオリーブを口に入れた次男坊が、それ以上に勢いよくオリーブをペッした。しゃーない。君は悪くない。


かようにも、めずらしく都会風の休日だった。

あじさい色々

梅雨といえば、あじさい、かたつむり、てるてる坊主。梅雨入り前は田植えで、明けたら梅干し作り。



近所のあじさいがとてもきれい。

どんよりした季節にひときわ鮮やかに咲いている。曇色の空と淡色のあじさい。色を加えた水墨画のよう。よいものを見た。


ついでだからウィキ先生で検索。


万葉集には「安治佐為」とあるらしい。

へえ。8世紀の奈良の豪族も、21世紀の大阪の会社員と同じように梅雨にはあじさいを愛でたのか。では、豪族と会社員以外の人はどう呼んでいたのだろう。肥後の国人や越後の漁師や常陸の百姓はどうだったのか。どう考えても、あじさいが古今東西同じ呼び名であったとは思えない。だって、たかだか道端の草だもの。

ただ、物の名前のバリエーションはどうでもよくて、興味があるのはそれがひとつに統一される過程のほう。いつ、なにがきっかけで、あじさいはあじさいになったのか。私はこういうのがとても気になる。



というわけで。

◆予想1
大名の転封や参勤交代のせい。お武家さんが全国を移動しまくって広めたから。

◆予想2
徴兵のせい。全国の兵隊さんが同じ釜の飯を食って同じ言葉を覚え、帰郷後もそう呼んだから。

◆予想3
ラジオの普及のせい。ラジオテレビは憧れの都会の言葉だから。

◆予想4
学校教育のせい。「正しい言葉を使いましょう」が花の呼び名の多様性すら許さないから。


答えは知らない。私には調べようがないし。けれどもまあ、こういうのを考えていると退屈しなくてよい。



うちの息子は「じゃんけん」を「いんじゃん」と呼ぶ。知識として知っているが、生きた言葉だったのかとやや驚く。だから、子どもとじゃんけんをするとき、少し考える。子どもに合わせて「いん・じゃん・ほいっ!」と言うと、逆に息子が気を使って「じゃん・けん・ぽん!」と言ったりする。掛け声がてんでばらばら。もはや異文化コミュニケーションの様相だ。親子だってのに。

ところで、あじさいの名は統一されたのにじゃんけんはされていないのはいったいなぜだろうか。

割とマジで身体がおかしい。というお話

頭が働かない。身体も動かない。

はじめは二日酔いかと思った。次第に頭がぼおっとしだした。もしかして…と体温を計ったらこれである。



お風邪でございますね、だろうか。

実は、ここ二ヶ月ほど間、十日に一度くらいの頻度で38度超の高熱が起きている。熱はおおかた一晩から二晩で治まる。そして熱発以外の症状は無い。扁桃腺は腫れないし、嘔吐も下痢も無い。ただただ、発熱するのである。


理由がわからない。

ちょうど在宅勤務の時期と重なるから、よそで何かの菌を貰ったとは考えがたい。免疫力の低下でもなさそうだ。毎日、妻の手作り料理を食べて夜十時に床に就いている。親元を離れて以来、最も健康的な生活をしているはずだ。


前回の発熱時には病院を訪れてみた。

採血と検尿と検便の結果、「炎症が見られますね」という、なにがなんだかさっぱりわからない、どう活用したらええねん…なコメントをお医者さまからいただいたが、「へえ。よく耳にする炎症ってのは、体の器官とかだけじゃなくて、血液の成分も変化するのかあ」と思うだけだった。



私の体は一体どうなってしまったのか。

いまくたばるわけにはいかないんだよ。まだ十万円受け取ってないし。あと、東京五輪は割とどうでもいいが、万博で大阪の街並みがどう変わるかは見てみたい。IRのカジノも一度くらいは覗きたい。リニア乗車は…欲をかいてはいけないからあきらめよう。

お願いだからそれまでは健康体でいさせてね。

金曜ロードショーでキングダムをすこしだけ眺めるのこと

映画『キングダム』を観る。

夜9時から9時25分まで。
要するにぜんぜん見てない。漫画キングダムが大好きな長男の傍らで、酒を飲みながら眺めただけ。


オープニング。
戦国七雄の勢力図が映しだされた場面で、「読めるかな?」と試してみる。すると長男は「カン・ギ・チョウ、云々」とスラスラ答える。すげえなあ。漫画は偉大だ。私が小学生の時分は何一つ知らなかった。中国史の概念すら頭に無かったよ。


「お父さん、リョーフイは有名やんな」
続けて曰く。
呂不韋始皇帝のお父さんの?」
と私。
「ちがうよ。そういう説もあるけどな」
と長男。

へえ。そういう説ときたか。一書に曰く、とでも言いそうである。まさか、始皇帝の出生を息子に諭される日が来るとは。


「サイやで」
さらに続けて曰く。
「なにそれ。テレビに出てる人のお名前?」
尋ねる。
「秦のナンバー2のことだよ」
答える。
「宰相のことかなあ」
漢字は音だけ聞いてもわからないの典型である。宰でも相国でも丞相でも尚書令でも同平章事でも、好きに呼んでくれ。ちがうサイならお父さんは知らん。


お父さんはうれしい。

きっかけはなんでもいいんだよ。要は、そこからどう展開するかだ。いますぐでなくてもいい。頭の片隅に(中国の歴史、きらいじゃないかも)と書いておけ。それが君の人生を豊かにする切符だ。



ただし。
ただしただしただし。導入部だけ眺めて口を開くのもおかしいけど、この映画、ちょっとちがうんだよなあ。


脂ぎった顔と汗だくの人物のアップ。
すすきの生い茂った平原と鬱蒼とした森。

私の頭にある大陸とちがう。

奴婢の生い立ち。手に汗握る戦い。
だから汗の演出なのだろう。わからなくもない。

大陸が禿山だらけになるのはもっと後世のこと。
だから緑が豊かな世界。たぶんそれが事実だ。


でも、ちがうんだよなあ。

なんていうか、この映画は日本が舞台になっちゃってるんだな。大陸風の衣服と建物で装っているけど、大陸の風土じゃない。山にまぎれこんだ足軽と同じ絵になってる。

リアリティを追求するとこうなるのかもしれない。南北朝前後で中国は別物だから。でも、中国史を、特に華北を舞台にするのであれば、乾いていて広漠としているべきだと思うのだ。大陸は人も街も野も宮殿も乾燥していてほしい。泣いて斬られる馬謖から三角帽を被せられた反革分子まで、総じてジメジメした絵ではいかんのである。


そんなことを思った。
(なお、おしまいまで観た長男によれば超おもしろい映画だそうです)

漫画日和

漫画を読むようになった。

長い春休みで退屈中の長男がレンタルした漫画を読んでいる。食卓に置いてあるものをパラパラめくって、気が向けば読む。気が向かなければ読まない。

そんな感じで最近読んだ漫画。


◆『約束のネバーランド

10〜18巻を。

とてもおもしろい。
でも、その割に世間の話題になってないような? 少なくとも私の耳には届いていない。鬼滅の刃の影に隠れちゃってるのかな。あるいは私のアンテナが低すぎるだけか。

途中から読みはじめても十分に楽しい。
鬼により家畜として育てられた少年少女…というあらすじだけで舞台をなんとなく察せられるので、ちゃんと物語の世界に没頭できた。なお、長男が1巻を借りてきたときには(くっせえタイトルだな…)と思ったので手をつけなかった。痛恨の判断ミス。最初から読みたいなあ。再レンタルしようか。うーん。悩ましい。


ところで、主人公は男の子?それとも女の子?
何度読み返してもわかんない。



◆『異世界居酒屋のぶ

1〜5巻まで。

大好き。
近年のグルメモノの流行は何が発端なのかしら。たぶん吉田類孤独のグルメだと思うのだけど。どちらもお気に入りだから派生品も大いにけっこう。ちなみに、異世界転生も割とオッケーだ。そういう世界なんだから茶々を入れるもんじゃないよ、と思う。

あえて物言いをつけるのであれば…

主人公のしのぶちゃんが超絶薄っぺらい。
ヒロインだからヒロインらしい言動をしてます感が強い。個性に欠けるとかじゃなくて、なんていうか、中身が無い。人格が無いというか。愛らしい表情なのに能面を眺めてるような感覚に陥る。他の登場人物はそうでもないのに彼女だけ空っぽ(ひどい言いよう)。まあ、異世界居酒屋の舞台が重要なんであってキャラ立ちは不要ってのはわかるんだけども。



ところでだ。
どちらも小学生が読むような漫画じゃないと思うのだが、うちの子は一体どこから情報を得ているのだろうか。不思議だ。

比叡山攻略失敗

本日の豆知識:『ロートル』は中国語


実は西洋由来のカタカナじゃない。

漢字だと老頭。音はラオトウ。
混老頭清老頭はロウトウと読むのに、この場合はロートルになるようだ。由来は知らないが、支那戦線の兵隊さんが持ち込んだ言葉だと思う。いわゆるピジン語の類ではあるまいか。

老頭なのだから、老人に些かの敬意を示した単語であるはずだが、一般に否定的な意味で用いられる。ロートル選手と言えばおおよそピークを過ぎた選手であり、単にベテランを指さない。

ていうか、ロートルなんて野球以外の分野で耳にしたことはないけれど。



さて、きょうは家族で比叡山

叡山に赴くのはこれで三度目だからお父さんも新鮮。
ちなみに、一度目は中学校の修学旅行で二度目は高校の修学旅行だ。なんだそれ…って感じだが実際にそうなのである。



へえ、ケーブルカーってほんとうにケーブルで引っ張ってんのかあ。

当たり前なことにいちいち感心する。線路に埋め込まれた滑車のコロコロする様が眺めていて飽きない。



本来ならケーブルカーからロープウェイに乗り継いで山頂を目指すところだが、世情により運休中だったのでここから先は徒歩で。

標高が高いからひんやりしていて、歩いて気分が良い。長男も楽しいようで足取りも軽やかに登っていく。

けれども、次男坊が駄目だった。
四歳児には厳しいようだ。機嫌が良いときは歩いてくれるのだが、次第に「抱っこしてくれえ」と「おんぶしてくれえ」ばかりになった。幼児に根性論で迫っても意味がないのでご要望のままに。残念だが延暦寺にはたどり着けず。無念。


賀茂川の水。双六の賽。四歳児。
是ぞ朕の心に随わぬもの

ま、しゃあない。
(道中で京都一周トレイルという看板を見た。へえ。なんだかとても楽しそうだね。)

Bzのライブビデオ『MAGIC』がとてもすばらしい

Bzがライブビデオを無料公開したことは、ネットニュースで話題になっていたから私だって知っている。けれどもまあ、Bzなんて耳を塞いでいても聞こえてくる類のものだから敢えて聴かんでもいいよねえ、と思っていたわけだ。


で、いまさらながら聴いた。というか観た。


【B’z】B'z LIVE-GYM 2010 "Ain't No Magic" at TOKYO DOME


すんごい。ひたすらすんごい。

なにがすごいって出だしがすごい。
イントロ〜マジック〜ダイブの入りが圧巻。こういうのは小音量で聴いてはいけないと途中で気付いてイヤホンを引っ張りだした。とびきりの大音量で聴く。鳥肌ものだ。現地に居合わせたら震えるんじゃなかろうか。


ところで『MAGIC』である。

私は別にBzのファンではないけれど、このアルバムは数百回聴いた。数千回聴いたかもしれない。カーステに仕込んであるからだ。ひとりで運転するとき、毎度聴いている(あと『ゆうがたクインテット』と『みいつけた!』も同じくらい聴いた)。それくらいお気に入りなのである。


私は別にBzのファンではないけれど、じゃあなんで我が家の車にあるかというと、妻が熱狂的なファンなせいである。ファンクラブにも入っている。妻はBzを追っかけて富山に行ったり横浜に行ったりする。「同じツアーの別公演に行ってもアンコール曲くらいしか変化ないんじゃないの?」と尋ねると、「ほとんど同じやで」としれっと返すほどだから、これはもう信者の域だ。


ファンクラブの会誌を何冊か見せてもらったことがあるが、これがまたすごかった。

会費で賄えるの?ってくらい豪華。カラー多数で紙質上等。アイドル顔負けのフォトグラフ集。そして、稲葉さんはとても綺麗な字を書くということと、もうひとりの鼻の下が長いおじさんは子どもみたいな字を書くことを知った。



さて、このビデオを観て疑問に思うのだけれども。

いまはCDが売れない時代だからBzだってやっぱりそれほど売れないわけだ。けれども、アルバムツアーのたびに地方数十カ所とドームアリーナが満員になる。どう考えても音源売上枚数と動員数が釣り合ってない。これがよくわからない。ファン層から察するにダウンロード主体のビジネスではないように思う。かと言って、新譜を聴かずにコンサートに来るとも思えない。往年のヒット曲しか歌わない歌手じゃないんだから。すると、うちの妻みたいな熱心なファンの全国行脚で成り立ってるってことだろうか。

うーん。どうなってんだろう。わかんないな。



ちなみにね。


解けないままのマジック
受話器のむこうでまた君を笑わせてみたい


この詞が大好きで、私はMAGICを聴き続けているのだ。