かく語りき

単身赴任で上京してきた今藤のブログ。最近の趣味は休日ジョギング。フルマラソンは未経験です。

『首相動静』ほど面白い娯楽は無い(と思うのだけれど同意を得たためしが無い)

私が新聞を読むとき、一面から順繰りに目を通す読み方はしない。


注意を引いた題だけ目を通す。気になった記事でも頭にスッと入らなければ読み飛ばす。そもそも政治面と社会面、社説は興味がないから読まない。経済面と文化面、地方欄を中心に読む。だから新聞社はどこだっていい。


そんな私が欠かさず目を通すのが、『首相動静』である。



国の長たる人の一日は忙しい。文字通りに分刻みである。

上の写真がそれほど過密な工程に見えないのは、土曜日だからである。それでも、土曜日も出勤か…と思う。それが仕事だろうが!と言われればその通りで、土曜日に働く人なんて幾らでもいる!と言う意見もその通り。嫌なら辞めてしまえ!もその通り。

でも、この人、食い扶持を稼ぐために働かなきゃいけない境遇にはないんだよね。逃げたければ逃げられる。ではなぜ働くのか。耐えられるのか。お国の為? 上昇志向? あるいは権力の虜? 知るわけがない。

還暦過ぎてようやるわ、と思う。率直にそう思う。あなたはできる? 私にはできない。したいとも思わない。



私が首相動静を好んで読むのに、政治的理由は一切無い。100%下世話な趣味である。


誰と会った。何処に行った。

偽りの無い、誇張の無い、人の一日が書いてある。他人の生活を覗き見する楽しみ。閣僚や党幹部との会合はもちろんのこと、飲み食いした店やゴルフ場の名前も記録されるし、汗を流したジムだって見逃してもらえない。プライベートなんてありゃしない。衆人環視も甚だしい。


誰某の結婚式に出たなんてことも書いてある。

内閣総理大臣が招待客に名を連ねる結婚式ってなんだ。一体、どこの誰と誰の式なのか。余興はどうなんだ。裸踊りは許されるのか? お父さんお母さん今までありがとう!的な新婦の独白はオーケー? ひょっとして「国家と私」みたいな作文を聴かされるんじゃないだろうな。

私の想像が及ばない世界、私が想像する必要の無い世界が、そこにはある。


分刻みの記録だからわかることもある。
富ヶ谷から永田町/永田町から羽田までそんな時間で着くの? なんて読み方も楽しい。



さてさて。
最初に挙げた写真は妻の実家にあった朝日新聞で、後の写真は我が家の日経である。

新聞読み比べ。
まったく同じだ。そりゃそうか。取り巻きと監視人がべったり張り付いて記録しているのだ。違うはずがない(1分くらいずれてもいいと思うけど)。



「ちょっと聞いてよ」
妻を呼ぶ。
「きのうはあそこのホテルに行ったんだって」
妻に言う。
「またそれ? 知らへんがな」
妻は釣れない。


おもしろいじゃん。なぜ、この娯楽を楽しまない。
みんなも読もうぜ!首相動静!

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間違いだらけの日本地図と、お伝えしなければいけない何か

我が家の風呂には日本地図が貼ってある。



局所的な地図はともかく、全国が一枚に収まる縮尺の地図というのは意外と見る機会が無いもので、せいぜい湯船で呆けているときか、トイレでふんばっているとき、テレビで天気予報を見るときぐらいである。


長男がおかしなことを言っていた。


「お正月におじいちゃんち行くとき、ついでに沖縄も行こうよ!」

夏の沖縄旅行が楽しかったらしい。もう一度訪れたいのだ。それは良かった。おおいに結構。が、話が掴めない。

「沖縄はいいけど、『ついで』ってなんだい?」
と尋ねた。妻も首を傾げている。
「え? 今年はおじいちゃんち、行かないの?」
会話が噛み合わない。


前も似たようなことがあった。
台風が来て沖縄の状況を伝えるテレビ中継を見た長男が、「おじいちゃんの安否が気がかりだ…」などと言っていた。なに言ってんだか。自分の身を安じなさい。大阪のほうが台風に近いだろうが。

私の実家は沖縄となんら関係無い。老父が沖縄に縁があるなんて話は聞いたことがない。



そして今日、湯に浸かりながら前掲の地図を眺めていて、突如理解した。

ひょっとしてお前、
沖縄が東京の下にあると思ってんのか?


なんてこった。沖縄は東京の南方にあって、大阪より東京寄りと思っているのだ。だから老父の家か。ぶったまげた。地図を、見たままに解してやがる。見たとおりなのは確かだからそれでいいが、お父さん、心底驚いたよ。



彼の興味深い発言は私たちに次の教訓を与えてくれる(直訳風文体)。

1)記録された情報には例外無く恣意的な想いが埋め込まれていて、情報が原形を保ったままでいることは無い。

2)情報を発した者の悪意のない不誠実さとそれを鵜呑みにした者の正直さは、等しく罪深い。

3)あなたの考える常識が、あなた以外の誰かにとっても常識であるとは限らない。彼らはあなたの常識を越えた発想をするのだから。



ごめんなさい。いろいろと。不誠実で。不確かで。

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長男が夕食をつくってくれた日に(君のがんばりに捧ぐ)

長男が夕食をつくってくれた。

妻が整骨院に行って不在したからだ。
「お兄ちゃん、ご飯おねがいね」
と言い残して妻は出ていった。私へのお願いは無かった。私もその場に居たというのにだ。私に対する信用はその程度か(その程度だ)。


最近の長男は台所に立つのが楽しいようで、休日の朝に自分用の目玉焼きを作ったり、トーストを焼いたりしている。そんな彼の作る、はじめての家族メシである。

仕込みは既に済ませてある。野菜はカットしてタッパーに詰められ、米は炊飯器で予約済みだ。妻は、長男に任せて良い作業をしっかり線引きしている。



料理人が厨房に立った。

フライパン、セット! 点火、ヨシ! 油注入!
冷蔵庫からタッパーを取り出す。熱したフライパンにピーマンと玉ねぎをぶち込む。へえ。サマになってるじゃん。

菜箸でササっとかき混ぜる。
やるやん… ん? 菜箸? ちょい待て。なぜ菜箸を知っている。いつのまに。九歳児の指で扱うのは楽じゃなかろうに。出来るな、お主。



「やう〜。ボクもやいたい〜」

やはり来たか。来ると思ったよ。
レゴで遊んでいた伏兵のお出ましだ。
「やらせておにいちゃん!ボクも〜。ずるい〜」
俺のものは俺のもの、兄のものも俺のもの。を地で行く性格なので言いだしたら聞かない。

仕方がない。
「来い小僧。お前はこっちだ」
参戦する他ない。
「お父さんと一緒にお茶碗にご飯よそう人〜!」



ご飯を盛りながら横目で見る。

玉ねぎの火の通り具合を確認して(してたんだぜマジで)牛肉を加えた。炒め終われば食器棚から大皿を引っ張りだして盛りつける。おめえホントにすげえな。


「お父さんっ、お味噌汁入れて!早く!」
あ…、そういうのはやらないんだね…
インスタント味噌汁に湯を注ぐのは好奇心の範囲外か。



丹精を込めた一品が食卓に上がった。

辛い。すんげえ辛い。

理由はわかっている。
「胡椒はカラダにいいんだって!」
どこで仕入れた情報なのか知らんが、そう言って、炒めながらテーブルコショーを振った。その上で
「あっ、塩、忘れてた!」
と手に届く位置にあった味塩胡椒を追加したからだ。

アカンて。胡椒2倍やんけ。

まあ、ご飯が進むとも言える。長男は満面の笑みでご飯をおかわりしていた。うれしいんだろうな。そりゃあうれしかろう。お父さんだってうれしい。今日という日を忘れないだろうね。だからここに書き記す。



夜になって帰宅した妻に、玄関まで走って迎えにいった次男坊が告げた。

「おにいちゃんが作ってくれたお刺身がおいしかった!」

待てコラ。それは妻が用意した出来合いの副菜だ。おにいちゃんの面子を少しは重んばかれ。教育的指導が必要だ。


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スパワールド!世界の大温泉!(と特別な日)

子どもたちを妻から剥がすため、彼らを連れて『スパワールド』を訪れた。



地下鉄の動物園前駅で下車して、フェスティバルゲート跡地で韓流遊園地の建設が予告されていたはずなのに知らぬ間にマルハンになっていた場所の隣にある、『スパワールド』を訪れた。西成らしいというか、新世界らしいというべきか、天王寺か、そんな、よくわからん土地にスパワールドはある。



プールと温泉の施設だがカボチャである。

前回訪れたときにはキン肉マンがいた。アシュラマンラーメンマンの等身大人形もいたはずだ。今日はカボチャのお出迎えか。その節操の無さは嫌いじゃない。



スパワールド・世界の大温泉』には世界中の温泉があって、自由に浸かることができる。

世界の大温泉はビルの4階と6階に散りばめられているが、男湯と女湯が入れ替わるせいで、どの国の湯に入れるかは時期による。今回はイタリアやらスペイン、ギリシャの温泉を堪能した。イタリアやスペインに温泉が湧くか否かは存ぜぬが、きっと湧くのだろう。



浴場には軽喫茶もある。

裸のままで足湯を楽しみながらビールを飲むことができる至上の売店だ。長男に雪見だいふく、次男坊にラムネを与えて、私はビールを頂戴する。極楽。



備え付けのテレビは、即位なんたらの儀を映していた。

テレビの向こうの、私の生涯収入より高そうな朝服を纏った方々の厳かな式典を、ビール片手に素っ裸で眺める。すげえ落差だなオイ。すっぽんぽんなんだぜテレビのこちら側は。おかしくてたまらない。

it's my life
そんなもんだ。他に言いようが無い。

『即位を内外に宣明する』
なんだか歴史の逸話のような宣言を拝聴した。世が世なら、威を四海にしろしめす、とでもなるのかしらん。

(徳治の概念が現代に通用するのなら、令和の御世はそれほど悲観しなくてもいいはずだ。と思う)


「お父さん、なにやってんの?これ」
長男が尋ねた。
「新しい時代のお祝いだよ。パーティだね」
と答えた。むずかしいことを訊かないでくれ。
「おいしいもの、食べれるの?」
長男がさらに尋ねた。
「たくさん食べるだろうね。パーティだから」
と答えた。
「カレーとかあんの?」
あるわけねえだろ。あってたまるか。

「インドの王様なら食べるよ!」
と長男が続けた。かわいらしい。




ラムネの瓶からビー玉を取り出す。分別分別。

次男坊はビー玉を手に取ってはしゃいでいる。湯船に浸かりながら、ころころ、ころころと転がして満足気だ。



息子ふたりを連れて何気なく訪れた行楽であるはずなのに、大切な日であったらしくて、風呂屋に来たんだか、物思いにふけに来たんだか、わからなくなってしまった。

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しあわせな書店巡り

久しぶりに本屋を訪れた。


ここ最近は古本屋ばかりだったし、訪れても子どもが一緒で自由にならない。

久しぶりの本屋はとても新鮮だ。
時間があったのでいろんな書棚を眺め歩く。楽しい。心が華やぐ。ああ、この感覚は久しく無かった。


手に取りたい本がたくさんあった。

いや、これはノーサンキューだけど…


けれども、気を引く本はたいていハードカバーで、手が届かない。本を読む喜びを考えれば書価なんて…とわかってはいても、現実問題として本一冊に二千円弱は出せない。それが私の価値観だ。

写真集も、気になるものがあった。
昭和の大阪の街を白黒で写した本だ。ふうん、ここら辺は昔はこんな景色だったんだ、と感心できそうな、見てよ見てよ、と妻に呼びかけたくなるような、すてきな写真が載っていた。でも買えない。お高い。図書館にもあるしな。こういうの。てゆうか、図書館の方が郷土史は充実しているし。



そしてこの三冊を購入した。

私らしい、いかにもな三冊だ。散々歩きまわっても、金を出すのはいつも似かよった題材の本ばかり。だんだん頭が固くなっているのだろうか。


さて、どの本から読もうか。
読みたい本が手元に複数ある状況に思わず笑みが漏れる。口笛を吹きたいくらいだ。

いま、私は幸せな気分だ。

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教育的どんぐり公園

どんぐり公園にはブナの木がたくさん植えられていて、秋になるとどんぐりが実る。


次男坊を連れてどんぐりを拾いに行った。

長男は妻の付き添いのもと『かんけん』のテストに出掛けた。おそらく漢字検定の略であろうそのイベントのせいで、最近は漢字の書き取りばかりさせられている。鬱憤が溜まるらしい。何度か癇癪を起こした。

小学生にしては忙しないね。同情するよ。小学生はそんなに追い立てられなければいけないものなのかな。



幼児には幼児の本分がある。
だから、私は次男坊を公園に連れて行く。

といっても、どんぐりを拾う以外の当てはない。投げっこでもしようかと考えていたら、「どんぐり将棋しよ」と提案された。

へえ。おもしろい発想をするじゃないの。
長男と私が指す将棋を傍らで眺めていて(そして邪魔をする)、うっすらと知っているのだ。
どんぐりを駒に見立てて並べる。形だけは将棋っぽい。駒を交互に動かすことも知っている。


でも、そこから先は滅茶苦茶だ。
どんぐり将棋のルールは彼にしかわからない。

「オレの友だち!出てこい!」と叫びながらどんぐり同士をぶつける。兄の興じるカードゲームが混じっている。

「がーんばれ、ビーすけぇ!」と転がしはじめた。ピタゴラスイッチだな。その歌は。どんぐりとビー玉は、確かに似ている。

「はい、お父さんの負け〜」と宣言したところから察するに、将棋が勝ち負けを競う遊びだと理解している。

次男坊は、のんびり育っている。



近頃どうも、教育に対する考えが妻と異なることが、わかってきた。

隙があれば習い事をさせる。漢字検定のような外部試験を受けさせる。充実した毎日にさせたいのだろうが、私の目にそれは、何事も経験/コツコツがんばるを越えているように映る。詰め込みすぎだ。おそらく、妻は自身が育てられたのと同じやり方で息子を教育している。方針に異論は無い。我等凡夫は経験に学ぶべきだ。でも、私はそのように育てられていない。ゆえに賛同できない。

とやかくは言わない。納得させる理屈を持たないし、理詰めで解決しないのは明らかだから、言わない(ようにしている。たまに言う)。



人間万事四六時中、根を詰め続けることができようか。いわんや小学生をや。


お勉強のピークがどこにあるのか知らないが、もしそれが高校受験か大学受験だとしたら、先はまだ長いぜ。鞭を打つのが早いと思うけどね。人の一生は長いんだ。先行逃げ切り型はしんどいよ。

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ただし「させていただきました」テメーはダメだ。

私は言葉遣いに寛容である。私自身の言葉が汚いから他人を注意できない。ら抜き言葉や、あらゆる形容詞をヤバいで済ます文化だって、おおいに結構だと思う。言葉は時代とともに変わるのだ。


でも「させていただく」だけはダメだ。


調べてみた。

文化審議会の「敬語の指針」によれば、

「させていただく」といった敬語の形式は、ア)相手側又は第三者の許可を受けて行い、イ)そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に使われる
とある。なるほど。たしかにそうだよな。

わざわざ【「させていただく」の使い方の問題】という項を設けて説明するくらいだから、この敬語の使われ方が癇に触る人は少なくない。


ちなみに、この指針は

敬語が必要だと感じているけれども、現実の運用に際しては困難を感じている人たち
に教育する際のよりどころとして作られている。行政に個人の言葉遣いをどうこうする権限はないので教育者を教育している。とても読みやすい暇つぶしにうってつけな文で、読んで損は無いです。



さて、「させていただく」である。

仕事で使う場合は、まあいい。

正しい用法ではないにしても、立場の違いを示した上で自らの意思を伝えるという敬語の役割から外れていないからだ。どうしても契約が欲しいんです!いいから希望どおりにやらせてください!やってください!の意志が強く感じられて良い。マニュアル敬語みたいなものだ。読みづらいけど。



芸能人が使う場合も、まだ許せる。

「交際させていただくことになりました」
といった例。芸能人のインタビューで割とよく聞く。

前述の文化庁の定義に当てはめると、ア)交際相手の許可、あるいはファンの許可を得た(得たい)行為であり、イ)その結果、私生活を充実する恩恵を受ける、のだからおおよそ問題ない。



で、なんだかなあと思うのが、
「ボランティアに参加させていただきました!」
みたいな用法である。

自発的な、見返りを求めない労務提供としての社会奉仕活動に、そのすばらしい行為に「させていただく」はおかしい。ア)の許可も、イ)の恩恵も無い(よね?)。


あるいは、
「お店で新鮮な魚を食べさせていただきました!」
の用法。

そこで使うの? 有償でしょう? ギブアンドテイクが成立しているじゃない。食材や調理人に対する感謝の気持ち、みたいなわけのわからん感情を謙譲語で表現しているのかい?


参加した!食べた!でいいんじゃないかな。なぜ「させていただく」なのか。どうして、へりくだらなきゃいかんのか。

思うに、私がなんだかなあと感じる「させていただく」は、ナイーブな問題に触れるときに使われることが多い気がする。社会的弱者と交わるボランティアの場合がそうだ。難しい話題だからとりあえずへりくだっとけ的な、最悪の事態にならんように敬意ある素ぶりを見せておこう的な結果の「させていただく」のように思う。


もっと自信を持ちなよ。
その場面で「させていただく」は無いって。



不必要に自分を下げる行為は見苦しい。だから私は「させていただく」が許せない。

と、まとめかけたところで、次の解説を見つけた。

自分から見れば、立てるのがふさわしいように見えても、「相手から見れば、立てる対象とは認識されないだろう」と思われる第三者については、立てない配慮が必要である。

これだ。疎外感を覚えるから嫌なんだ。

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